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はじめに

2023年現在、当記事執筆中のNTTドコモが持つ評判が、従来の「広範囲・ 高信頼 のネットワーク」から「広範囲・ 低信頼 のネットワーク」になりつつある。この発端は、とある事象が起きたこと。当時は、5G NR RAN提供エリア、特にセルエッジ付近で5G NR UEが通信不可になる現象、通称「パケ止まり」が報告されていた。ユーザーは、パケットが一切通らないように見え、通話についてもパケットベースに移行していたことから不安の声が強まった。NTTドコモはこの事象を解消するために、次の施策を公表した。

これらは、5G NR RANよりもLTE RANに負荷が集中するようなものばかりだが、当時の5G NR RANエリアのほとんどがEPCに接続されていたため、通信の安定性が実証されているLTE RAN×EPCの組み合わせに戻さざるを得なかったということである。それのみでは、5G NR RANの構築意義が薄れることや新周波数の利用効率が下がることから、将来的な施策としてUL方向での改善のためにNR RANを活用する方針も見せていた。また、5G NR RAN×5GCの組み合わせと、LTE RAN×EPCの組み合わせを併存させることも示唆していた。詳しくは後述するが、これによりEPSFBの閾値により問題を単純化しつつ、5G NR RANのエリアを広げることで問題を緩和する見込みがあったと考えられる。

施策群が適用されると、パケ止まり報告は少なくなり一件落着を迎えたように思われた。しかし、今度はパケ詰まり問題が報告され始めた。このパケ詰まりこそが夏まで尾を引くことになる騒動となった。先の事象では、5G NR RANを切り離せず、パケット再送が続くような挙動だった。今回は、5G NR RANを切り離すことはできるが、LTEのみの状態、5G NRを併用している状態いずれでも通信帯域が不足するという事象だ。更に、次のような報告も確認されている。

https://twitter.com/surblue/status/1630847901332307968

https://twitter.com/pcr_pk/status/1644891177051918337

https://twitter.com/pcr_pk/status/1677152665615368192

つまり、特定の状況下では帯域不足が起き、別の場合では通信遅延が通常の数倍に伸びる事象も確認されていた。これらが複合しているため、切り分けスキルがない一般消費者等には、通信不可能と一様に認識され品質低下との評価が広まっている事態だ。技術解説を少し挟んで、事象以降で原因と対策を考えてみたい。

5G NR RAN、LTE RAN、5GC、EPCの組み合わせとは

イントロダクションで、5G NR RAN、LTE RAN、5GC、EPCの組み合わせに言及した。技術的知識が揃っていないと理解が難しいところなので、補足説明をしておきたい。しかし、執筆者もテレコムの専門家ではないので、簡単なイメージを抑えるためという程度にしていただきたい。詳しくは、この記事内5G無線アクセスネットワーク対応からコアネットワーク装置開発の項に記載がある。

巷で、5Gないしは第5世代移動通信システムとよばれている技術のうち、日本に導入されているものは5G NRである。正確に言えば、5Gと5G NRはイコールではない。かつてLTEや各種BWAがそうだったように、各種規格の提案が国際電気連合にあり、その中から第5世代移動通信システムとしての要件を満たすものが選ばれ、その中に「5G NR」という規格が存在する。このあたりをないまぜにし、一様に5Gと呼称する報道が多いため混同されているところがあり、いち個人としては憤りを覚えているところもある。当記事では、そこを明確に区別するために、あえて5G NRや5G NR ◯◯という記載をしている。面倒なオタク仕草ではなく、正確性を担保するために仕方ないという側面もある。

閑話休題、現状の日本は第5世代移動通信システムとして5G NRを採用している。この5G NRはLTEからの移行を想定しており、ネットワークをCNとRANの2つに分けたとき、どのような接続形態が考えられるか、網羅的に対応している。CNはコアネットワークであり、接続端末の管理やインターネットとの接続などを担う。RANは主に無線網のことを表し、移動体とコアネットワークの間を繋ぐ。CNとRANという区分はLTE時代から引き継いでいるため、LTE時代のEPCとLTE RAN、5G NR時代の5GCと5G NR RANが移行期に存在することとなる。つまり、LTE時代、5G NR時代にそれぞれ閉じているわけではなく、EPCと5G NR RAN、5GCとLTE RANを接続することが想定される。

そのためパケット経路を、端末やネットワーク内制御のC-Plane、そのままインターネットへ流れるU-Planeに分割し、それぞれどのように伝送するかで規格上は区別する。C-PlaneをLTE RANと5G NR RANといずれが伝送するか、C-Planeの信号をどのCNが処理するかにより見分けることができる。LTE時代に構築されたC-Plane on LTE RANとEPCの仕組みを拡張し、U-PlaneにLTE RANと5G NR RANを併用することで、新周波数の利用をすすめつつ一部の恩恵を受けることができる5G NR Option 3xが当初の定番だった。

この、EPC×LTE RAN×5G NR RANが巷で言われる5G NSAサービスの殆どを表す。しかし、NSAという言葉は、LTE時代の仕組みと5G NR時代の仕組みとを組み合わせた状態を指すので、仮に5GC×5G NR RAN×LTE RANの5G NR Option 4xだとしても当てはまるので注意が必要だ。反対に5G SAと呼ばれることの多い、5GCと5G NR RANを繋げただけの5G NR Option 2も存在する。しかし5G NR RANのエリア外に出た場合、LTE RANがC-Planeを担当していなければ、当然通信不可能になってしまう。あるいは、5GCを通じて音声通話を行うVoNRが整備されていない場合もある。こうしたOption 2ネットワークの場合、これを補償するためEPSFBを実行する必要がある。これは、LTEから3Gへ通信移行することと見た目上は全く同じだ。しかし、Option 3xに比べ通信可能エリアと通信可能ケースが劣後する。

現状では5G NR RANとLTE RANとFR1のみで比較すると、日本の3大キャリアの場合はLTE RANのほうが帯域幅が広い。これは、過渡期である現在、LTE RANあるいは前世代のネットワークから転用を進めるため起こる不均衡だ。そのため、見かけ上では5G NR RANよりLTE RANのほうが速度理論値が早くなる。この不均衡を緩和するためにも、LTE RANをするOption 3xないしはOption 4xが検討され、移行コストの易さからOption 3xが広まったという経緯がある。そのため、日本の5G NR NSAの多くはEPCを利用するため、純粋な5G NRネットワークとは言いづらい背景が存在する。

ドコモ側による情報公開の進展

記事執筆現在までに、この事象をテーマにしたNTTドコモ主催の記者説明会が複数回行われている。それらを一度振り返りたい。

https://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/news/1496809.html

https://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/news/1519822.html

https://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/2304/29/news060.html

https://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/2308/05/news054.html

上に、記者説明会として行われた共通部分をインプレスから、石野純也氏との個別インタビュー記事を示す。2回目の記者説明会は、このプレスリリースを皮切りに、複数回に分けて行われたようである。その際には、個別に質疑応答も設定されていた様子だった。石野純也氏は、今までの事象ほとんどをSNS上で公開し、注目を集めたことから、取材し情報をまとめることが一つの軸となっているため、今回の参照源とした。さらに、IIJの決算説明会内で関連発言があった。IIJ勝社長の発言から、MVNOとMNOの接続点より端末側に現在の事象を引き起こす原因がある可能性が示唆されている。

これからは、先に挙げた記事を確認しながら、ドコモが推定する当該事象の原因と対応方法をまとめていく。2023年春の説明会で、トラヒック増大、LTE周波数合計容量逼迫、LTE単一周波数容量逼迫、再開発等によるエリア変動および需要変動が原因であるとされた。しかし、トラヒックの増大は長期トレンドと合致しており、ドコモ特有の事情があるとは明言されていない。LTEについて、周波数ごとに分けて2項目あげている、これはそもそもセルごとの容量が不足している場合と、UEの接続先が偏る場合を区別するためだ。

これらに対応するため、新周波数帯によるエリア展開、セルごとのカバーエリア調整、UEが特定の周波数に偏って収容されないよう分散する制御を加速すると宣言していた。そもそもLTE RANの容量を消費しないために、5G NR RANを展開する。LTE RANの電波通信品質を向上させ、高速化技術を適用させ易くしつつ通信安定性を確保する干渉調整を集中して行う。実態にあっていないUE側の周波数別接続優先順位と閾値を、さらに負荷を分散させるように調整する。と発表どおりに、RAN側に原因が集中していれば、問題を真正面から潰す施策のみだ。特に、周波数ごとのチューニングについては、物理現象と知られている掴み易さだけではなく、他で収容されているUEがCAのためのS-Cellとして選択することが原因と言及されている。 ここでRANが、具体的には無線区間が原因であると断定しない理由は、質疑応答含めPON側や通信処理部にボトルネックが内在する可能性を否定していないためだ。

それら施策を展開した結果が、2023年夏プレスリリースと一連の記者説明会により公表された。LTEは10[Mbps]以上、5G NRは20[Mbps]以上のスループットが確認されたという報告になっている。 このスループットが、瞬時値と一定時間示しうる値どちらなのかは明言されていない。また、代表測定点の中には、LTEのみで通信しているにも関わらず、「5G端末スループット」として記載されている項目がある。 嘘ではないものの、測定点において5G NRを利用した通信ができないということは、一般に期待される「5G端末スループット」に支障があると考えられるが、ドコモの解釈はそうではないようだ。さらに、この数字が計測中の最大値だったとしても不思議ではない、プレスリリース中に測定方法の記載がなく、数字の説明もないためだ。あくまでも、測定中にその数字を記録したという報告でしかない。またインタビュー記事内でも言及はないため、実際の使用感と剥離する可能性があるという注意書きが重くのしかかることになる。

実際に、4Gと5Gの混同については、総務省によるヒヤリング前社長による発言などドコモ自身が積極的に危惧してきたところだ。当のドコモ自身が、数年後にはそのレトリックを煎じて使うようになるとは、時の流れは残酷と感じる部分もある。

インタビュー記事等で推測されている原因について

ここまではドコモ側の発表をまとめてきた。しかし、先のインタビュー記事内には、筆者の考えとしていくつかの論が記述されている。本章ではそこに注目したい。代表的なものは、デジタル田園都市構想により元来のエリア設計が崩れたというものだ。

前章で言及したように、新周波数帯による展開を全面に押し出したプロモーションを、ドコモが2020年度までは強く実行している。総務省が公表した統計を確認すると、第5世代移動通信システム向けに割り当てられた周波数の展開でドコモがリードしている様子がうかがえる。具体的には、101ページ1行目、119ページ左上で確認できる。しかし、2021年岸田内閣発足とともに、デジタル田園都市国家構想が公表された。このKPIに5G人口カバー率が設定されていたため、MNO各社は達成のために計画変更を迫られることになる。特にドコモは従前のキャンペーンから新周波数帯を重用していた。と同時に、新周波数帯は浸透性に乏しい物理特性を持つため、財務大臣が主要株主ながら、達成に寄与することが難しい事態となった。

その上、この要請が発出されたため、ドコモは既存周波数転用も含めた面展開へ舵を取らざるを得なかった。その上要請の趣旨を考えると、プラチナバンド特に既存契約に影響を与えない700MHz帯を転用することが事実上必須となる。よって本来描いた、新周波数帯によるトラヒック吸収⇒既存周波数転用という花道が崩れた形となった。

デジタル田園都市構想が主要因足り得るのか

……というストーリーが一般的である。しかし、これを信じ切るには少し材料が乏しいのが現実だ。まず、先に挙げた統計では、700MHz帯の利用状況も確認できる。そこで、ドコモのLTEとソフトバンクの5G NRを比較すると、次のようになる。

[%] ドコモ ソフトバンク
人口カバー率 89.5 90.7
面積カバー率 28.0 24.3

ソフトバンクが人口カバー率は上回り、面積カバー率も4%ほど下と迫る結果になる。つまり、LTE時代ですら重用していなかったため、運用経験が少ない周波数帯を主軸に据えることになったという見方のほうがしっくり来るのである。よって、単純に展開するべき周波数帯の優先順位が変更されたような形になる。その場合、基地局展開におけるボトルネックはどこになるだろうか。

詳しくは後述するが、主に設計・渉外部分と工事部分に分かれる。インタビュー記事内では、前者に注目が集まっていた。それはドコモの旧方針ならば、設備を増設ないしは新設を単純に繰り返すからである。さらに、新周波数帯はセル容量を増やすために、アレーアンテナを搭載した大きく重い設備を使うことが多い。また、セル容量が増えることは通信処理数も増えることから、単純にコンピューティング性能も求められるため、熱設計も厳しくなる。しかし方針変更により、少なくとも熱設計が緩和され、その他の項目もある程度緩和されることになる。また、人口カバー率が高い800MHz帯と同様の物理特性を持つことから、不動産所有者との交渉も新周波数帯よりは容易と考えられる。そういったことから、ボトルネックとなりうるのは、工事部分のみである。確かに、部材の供給と工事人員の確保は限界があり、ときには年単位の計画を必要とする。同業他社も同じようにかき集めてるとなれば、ここがボトルネックとなってもおかしくない。

それでは、実際のMNOから基地局の展開の流れを確認してから、先述したボトルネックが存在しうるのか確認していく。設置場所の機構設計、不動産所有者との交渉、法律上の文書手続き、現地工事、動作確認の後に開局というステップがある。その後に、ドコモが施していたような調整作業を続けていく形になる。そこで、実際に展開を担う通信建設事業者という存在がある。小売事業者と建設事業者のように、MNO自らすべてを行うわけではなく工事などを引き受ける事業者がある。

ここで、彼ら通建事業者の決算(123)を確認する。ここで挙げているのは、業界大手3社になるため、一様にNTTグループからの受注が大きい。しかし、前年度比でNTTからのモバイル系受注高が現象していることが一致している。つまり、ドコモからの発注量が減少傾向と考えるのが自然である。もちろん受注高なので、何かしらのコスト削減要因が共通して存在するのであれば、発注量が維持ないしは増加している可能性もある。しかし、この資料を参照する限りでは、その可能性を肯定する材料に乏しいと考えられる。一般には、物価高、最低賃金上昇などコスト上昇要因が確認できたとしても、共通するコスト低下要因を探り出すのは難しい状況だ。

以上の2点から、私はデジタル田園都市の影響が主要因とすることは難しいと考えている。もちろん、計画変更のために足踏みを強いられたのは間違いない。ただし、いずれは全周波数帯が5G NRへマイグレーションされるのが理想だ。そのことを考えれば、社内で先行計画が存在しないとは考えづらい。また、電波の物理特性から、5G NR展開における優先順位が元々一定程度あったと考えるのが普通だ。ドコモ自身は、高度化C-RANとして、HetNetを強力に推進していたため、5G NR RANにおいても複数の物理特性をもつ周波数帯を同時に展開するシナリオも検討されていたはずである。また、先述したように面積カバー外のエリアについては単純な新規展開となるため、部材と経験さえあれば新周波数帯と何ら変わりがない。

通建事業者とベンダーの決算から推測するコスト削減説

しかも、通建事業者への発注高がしており、月次受注推移をみても減少傾向であることから、報道陣ではなく巷から出てきたコスト削減説のほうが裏付けられる数字となっている。コスト削減説とは、菅政権下で推進された定期収入削減策と、営利企業がもつ増収増益との板挟みにより、エリア展開への投資が削減されたというものだ。実際、通建事業者の決算は暗にそれを示している。ここで、部材調達先となるベンダーの決算(12)も確認してみる。この資料だけでは大まかな区分になっているため、より具体的なところは次の資料(12)を確認する必要がある。ともに国内でドコモ相手に取引をしているので、決算に出てくる5G需要の多くはドコモのそれと近いだろう。

5G事業の今後の見通しを海外と国内別に教えてください。

国内向けは通信事業者の投資抑制の影響もあり、減少を見込んでいます。

システムプラットフォームについては先行投資の影響もあり約 350 億円の減益計画となっています。

ネットワークプロダクトは国内外ともに特定の大きなキャリアに依存している部分が大きく、その投資動向によるサイクルがあります。5G の拡大に伴った初期の旺盛な需要は一旦ピークアウトし、モバイルシステムもフォトニクスも、売上が縮小する一方で、オープン化に向けた投資がかさむサイクルに入っていくため、システムプラットフォーム全体で減収減益を想定

ネットワークプロダクトをモバイルシステムとフォトニクスに分けた場合、需要の落ち方をそれぞれどのように見ていますか

国内よりも北米マーケットの方の落ち込みが大きい(中略)国内はトータルでは若干の落ち込み程度

このように、取引額が落ち込む予想が一様に並んでいる。減益も見込んでいることから、ベンダー側のコスト削減などで取引額が縮小していることも考えづらい。よって、先のような単なる発注量減が起きていると見るのが一般的だ。実際、NTTもコスト効率化を実施していると明言している。菅政権時代からARPUの減少傾向が続いていることから、総回線数と掛け合わせたとしても減収となっていることがわかる。NTTも株式公開をしている営利企業として、継続的な増収増益が至上命題となるため、コスト削減として「聖域」に手を出していたとしても不思議ではない。

前半まとめ

ここまで、事象のユーザー目線による解釈、ドコモからの公式発表、巷で囁かれるメジャーな説を順に確認してきた。ドコモが主張するように、無線区間がボトルネックならば、有効な施策が順次投入されている。しかし、問題が顕在化した要因としては、岸田政権下のデジタル田園都市構想よりも菅政権下から続く収益接収政策の影響で、各種投資抑制が起きた結果と考えることができそうだ。しかし、本当に無線区間のみがボトルネックなのだろうか。無線機から電波を送出するために、有線接続は無関係なのだろうか。そのあたりを後半では確認していきたい。

そもそもケータイは何処へ向けてどうやって通信しているのだろうか

ここまで、ドコモの発表を扱う節などで 無線区間 と強調していたが、そもそもケータイはどうしてインターネットに接続できているのかを知らなくてはいけない。それに適した資料が、東京電力パワーグリッド株式会社から公表されている。この13ページから17ページに図解がされている。要は、ケータイから基地局のアンテナまでは無線接続、その先は有線接続のみで構成されることがほとんどである。実際に、KDDIも強調している。

せっかく無線通信部分が5Gで速くなっても、有線回線部分が4G向けの設備のままでは5Gの速さを活かせません

ただし例外として、僻地など特殊な土地で接続できるように、衛星通信を利用する事例が存在する。それでも、有線接続部がなくなるわけではない。一般的なネットワークに立ち返って、構造を理解していこう。無線区間、基地局設備、基地局-CN間伝送路、CNに大別できる。今まで、RANとぼやかしていた部分が分解された形となる。CN内を機能ごとに分解した図が次のツイートになる。

https://twitter.com/nickel0/status/1543561196447891457

こうした複雑なネットワークで、加入者 認証位置登録網監視付加機能 、を提供している。近年の接続障害は、何かしらの理由で加入者認証に異常をきたすことが原因のことがほとんどだ。まとめると次のようになる。

5G NRのネットワークはこうした区分で考えることができる。

ボトルネックとなりうる箇所とその対策

今のドコモのように、ボトルネックが顕在する原因は何処にあるだろうか。実は、全箇所に可能性が存在する。しかし、全UEに等しく事前確率が存在するとすれば、付加機能や網監視機能が主要因であるとは考えづらい。網監視機能もすべての通信に関与するが、UEからの観測と、CNからの観測に著しい不一致が確認されなければ、同機能が主要因であるという可能性は排除されるだろう。その他に、加入者認証と位置登録については、一体のシーケンスとして扱われることもあり、ここがボトルネックならば近年の通信障害のように影響が広範となることが多い。つまり、ドコモの事象に限れば次の箇所に疑いの目が向けられることになる。

これらがボトルネックにならないためには、どのような改善が必要か考えていく。まず、ボトルネックかどうか図る指標が3つある。

  1. IOPS
  2. 帯域幅
  3. 遅延量

IOPSは、単位時間中にどれだけの入出力を扱えるかを表す。帯域幅は、単位時間中にどれだけパケットをやり取りできるかを表す。遅延量は、人間の通信開始命令から、ネットワークが実際に通信するまでを表す。1つのUEから送られるリクエストを1本の線とすると、帯域幅が線の太さ、遅延量が線の短さ、IOPSが何本の線を許容できるか、ということになる。IOPSだけストレージ特有の指標になるが、今回はこの考え方も必要なので援用する。

無線区間について

無線区間の帯域幅は、公共に管理された電波の周波数と同じになる。つまり、事業者の努力に限界があるわけだ。今でこそ、複数の周波数を一度に使うなど、帯域幅を広げる技術が広まっているものの、物理限界が存在する。遅延量も、真空中を電磁波が進む速さが極限値として存在する。事業者に改善できる部分も存在する。帯域幅は先述の方法以外に、変調方式の進化や空間多重化技術がある。IOPSも、アンテナが幾つあるのか、周波数をどれだけ細かく使うのかで拡張できる。

無線区間に緩和技術を適用させたとしても、電磁波の相互干渉で通信不可能になることがある。これを避けるために、各アンテナからの出力を下げる、他方にへの干渉量が少なくなるようにアンテナの配置を変更する、電磁波の位相を変化させるなどの対策がある。こうした施策は、単純に電波を飛ばさないために行うものなので、干渉が問題にならない地点では電波が到達不能になる。これを補完するために、電波増幅器ないしは新局が必要になる。連鎖的な対策の繰り返しだからこそ、事象発生から解決までかなりの時間がかかることになる。

基地局設備あるいは先の伝送路

そうした無線区間から、先のことを考えてみよう。先述のように高度化C-RANを推進していたこともあり、基地局設備の一部を集約する形がドコモの一般的なネットワークと考えられる。これは5G高度特定基地局の数に現れている。この基地局は平成三十一年総務省告示第二十四号で次のように定義されている。

本開設指針において認定開設者が指定を受けた周波数の全ての帯域幅を用いる特定基地局(屋内等に設置するものを除く。)であって、当該特定基地局の無線設備と接続する電気通信回線設備の伝送速度が当該無線設備の信号速度と同等以上であるもののうち、当該特定基地局以外の複数の特定基地局と接続可能なものをいう

要は、新周波数をすべて使用し、有線接続の帯域幅が無線区間の帯域幅を超え、複数の他の基地局から来る信号を処理する設備を備えている屋外局ということである。総務省の統計から、楽天モバイルを除外した数字を紹介する。なぜ、楽天モバイルを除外するか、これは全地区において他社比圧倒的多数の展開率を誇ること、3G以前のネットワークを展開していないためである。

[局] ドコモ KDDI連合 ソフトバンク
北海道 276 9 37
東北 275 28 76
関東 164 30 75
信越 91 15 23
北陸 89 8 27
東海 132 19 55
近畿 185 16 112
中国 184 15 49
四国 89 7 28
九州 192 14 74
沖縄 18 8 3
全国 1695 169 559

これをキャリア間比率に変換した結果が次になる。

[%] ドコモ KDDI連合 ソフトバンク
北海道 85.7 2.80 11.5
東北 72.6 7.39 20.1
関東 61.0 11.2 27.9
信越 70.5 11.6 17.8
北陸 71.8 6.45 21.8
東海 64.1 9.22 26.7
近畿 59.1 5.11 35.8
中国 74.2 6.05 19.8
四国 71.8 5.65 22.6
九州 68.6 5.00 26.4
沖縄 62.1 27.6 10.3
全国 70.0 6.97 23.1

参考に5G基盤展開率も掲載する。

[%] ドコモ KDDI連合 ソフトバンク
北海道 30.2 0.770 3.84
東北 34.7 2.96 10.1
関東 32.9 6.33 11.4
信越 27.3 5.04 8.27
北陸 56.8 4.52 12.9
東海 38.3 5.56 12.4
近畿 48.2 4.29 9.57
中国 44.4 3.38 11.7
四国 34.1 2.78 7.94
九州 31.5 1.97 9.69
沖縄 19.6 7.61 2.17
全国 35.2 3.27 8.85

同様に変換した結果となる。

[%] ドコモ KDDI連合 ソフトバンク
北海道 86.8 2.21 11.0
東北 72.7 6.20 21.1
関東 65.0 12.5 22.5
信越 67.2 12.4 20.4
北陸 76.5 6.09 17.4
東海 68.1 9.88 22.0
近畿 77.7 6.91 15.4
中国 74.6 5.68 19.7
四国 76.1 6.20 17.7
九州 73.0 4.56 22.5
沖縄 66.7 25.9 7.39
全国 74.4 6.91 18.7

5G高度特定基地局数のキャリア間比率を5G基盤展開率のキャリア間比率から引いたものが次となる

[%] ドコモ KDDI連合 ソフトバンク
北海道 1.04 -0.583 -0.459
東北 0.0956 -1.19 1.09
関東 4.01 1.35 -5.36
信越 -3.32 0.0783 2.53
北陸 4.76 -0.362 -4.39
東海 4.00 0.659 -4.66
近畿 18.6 1.80 -20.4
中国 0.453 -0.366 -0.0876
四国 4.31 0.557 -4.87
九州 4.41 -0.436 -3.98
沖縄 4.64 -1.68 -2.96
全国 4.43 -0.0644 -4.37

5G高度特定基地局数のキャリア間比率と最後の表から、ドコモが非常に多くの5G高度特定基地局を展開していることが確認できる。反対に、ソフトバンクは5G高度特定基地局として認められる3条件のうち、いずれかが欠けた状態のものが多いということである。帯域幅が原因とは考えづらいため、全周波数を使用していること、あるいは他局を収容していることのいずれかが欠けていると考えられる。いずれにせよ、ドコモは他の基地局を複数収容する機構を、広く配備していることが統計から確認できる。

また、NTTとNECはFront Haul Multiplexerを開発、運用している。この装置は、本来1セルには1つのRUが対応するところを、複数のRUを対応させる装置である。RUより先の帯域幅とIOPSに余裕があれば、移動体特有の処理が発生しづらいエリアを広げることができるため、高効率なネットワークになる。RUとは、基地局で実際の電波を取り扱うところを指す。こうした仕組みも、基地局設備の集約に有効である。

ここまで、基地局設備の集約を紹介したのは、今回の事象に関係あるからだ。なぜなら、基地局設備を集約するということは、通信経路が複雑になり、経路上の帯域あるいはIOPSが不足する可能性が高まるからだ。実際、この施策では有線接続網の帯域と遅延を緩和する実装が求められている。更に、集約先の設備の帯域あるいはIOPSが不足していれば、ユーザーからの見た目には無線区間の輻輳と同様の事態が起きても不思議ではない。

HetNetにかかわる研究のまとめを確認すると、数百[Gbps]規模の帯域が将来的に要求されていることがわかる。現在のドコモも、4.9[Gbps]を局数分用意する必要がある。FHM同等ならば、最大12倍となるから58.8[Gbps]と膨大な帯域を要求されていることになる。さらに、その収容台数に見合うだけのIOPSを賄う処理能力が、基地局設備に要求される。こうしたボトルネックが、現状のドコモには内在している。

つまり、ドコモが主張する無線区間のボトルネック以外にも、何かしらのボトルネックが存在する可能性があるということだ。また、無線区間を増速するときにも関係することだが、光ファイバを敷設する工事が必要となる。このときに、このような事態に陥ることも考えられる。そうなれば、実際の設備の物理制限に留まらない工事遅延要因となる。こうした複数の要因が重なり合って、現在のセル容量不足、相互干渉による通信品質低下が現れたと考えられる。

本当のまとめ

当記事では、2023年に話題となったドコモの通信品質低下について、公式発表、俗説を確認した。その他に、他社決算、総務省統計、採用技術から社会的背景や技術的背景を確認した。公開情報から、デジタル田園都市構想よりも収益改善にむけたコスト圧縮が作用している可能性、採用技術から純粋な無線区間以外にボトルネックが潜在する可能性を指摘した。

実際に無線区間が主要因とすれば、ドコモが公表している手法は有効である。さらに、Massive MIMOなどの空間多重化技術も検討され、有効活用されていくだろう。また、根本的解決に向けて、基地局の新設も長期的に実施される。しかし、それ以外のボトルネックがあるならば、追加の対策を実施する必要があることも事実だ。現在の公開情報から無線区間にボトルネックを同定できず、利用者側に不安が残る事態となっている。ドコモの主張を確認する節でも指摘したが、プレスリリースに混同を狙うような表現もあり、不安が増幅したとしても不思議ではない。こうした状況から、ドコモとして純粋に現状を説明し、原因と対策をタイムフレームごとに説明する機会を設ける必要があると考える。現在は非公開企業とはいえ、緊急通報を取り扱い、他者の通信を担う事業者として適切な情報公開を望む。また、この困難に立ち向かう技術者全員へのリスペクトも忘れないようにしたいところである。